「いやあ、すごかったねえ。さすが国家錬金術師の姉弟子って感じ?」
先ほどから一転、エンヴィーはずっと笑顔だ。
密入国の男たちは憲兵に引き渡した。一度は殺してやろうかとも思ったが終わり良ければ、だ。おかげで面白いものを見られた。
「あんたも国家資格取ってみたら? いけると思うよ」
エンヴィーが気軽に勧めると、トウコはアイスティーにむせて咳き込んだ。
「いやいや、そんな簡単じゃないでしょう。それに国家錬金術師になんかなったらお母さんに殺されちゃう」
「ふうん? まあたしかに、一般人受けはよくないよね。けど研究費用がたんまり出るし、それで楽させてやればお母さんも文句は言わないんじゃない?」
「そんなレベルじゃないの……」
げっそりとした顔でトウコはうなだれた。
軍人嫌いな国民は珍しくない。トウコの親もどうやらその一人らしいと想像しながら、エンヴィーはクリームパスタを口に含んだ。
「さっきのアレ、護身用だよね? 他にはなにかないの?」
「うん? いや、おやつ作ろうと思って持ってきたの」
「はあ?」
つい口元を歪めた。
先ほどトウコが見せた錬金術について訊ねたつもりなのに、何故食べ物の話になるのか。
「かき氷っていうんだけどね、氷を削ってシロップをかけるデザートで、暑い季節に食べると美味しいから」
くだらない理屈と、聞き慣れない発音に眉を寄せる。
「カキゴーリ……? じゃあ食べるためだけに、あの錬成陣を用意したの?」
「まあ、そうかな。あとは飲み物に入れる氷にもできるし」
「冗談……」
服の次は食べ物。しかもお菓子ときた。
あの白い布切れに刺繍された錬成陣はちらりと見た限りでもそこそこ複雑なものだったのに、それを間食目的で編みだしたというのか?
エンヴィーにはトウコがほとほと理解できなかった。
「あ、バカバカしいって思ったでしょ? でも意外と役に立つんだよ。昨日もね、ホテルの店主さんにかき氷を作ったらすごく喜んでもらえたの」
その活用法を聞いても、やはり馬鹿馬鹿しい。喜ばれたからなんだというのか。
手足に蕁麻疹でも出そうなむず痒さを覚えてエンヴィーは心中で毒づいた。
「……服とか食べ物ばっかじゃなくてさあ、もっと他にすごいもの作ろうとか思わないの?」
「たとえば?」
「武器とか、でかい炎とか」
「うーん、軍人さんじゃないからなぁ。そんなのあっても使う機会ないよ」
「欲がないねえ。日常生活に使えるものしか興味ないってこと?」
「欲はいっぱいあるよ。その方向が日用品寄りなだけで」
つまらない。これじゃあ国家錬金術師に勧誘するのはムリか。
少しばかり勢いを削がれてエンヴィーはため息をついた。
国家錬金術師は軍人ではないものの軍属の身分。少佐相当官の地位、様々な特権、莫大な研究資金と与えられるものは多いが、代わりに軍の命令には絶対服従の義務も生じる。
いつ戦場に赴き人を殺すことになるやも分からぬそれは、なるほどトウコのようなタイプの術師がすすんでなるようなものではないだろう。
「もったいない。せっかくの才能を無駄遣いしてさ」
グラスの氷を揺らしながら、エンヴィーはため息混じりにぼやいた。
“錬金術師よ、大衆のためにあれ”。錬金術師にとって常識であり基本だ。
優秀な錬金術師は可能な限り手元に置いておきたいのに、そんな倫理を重んじ、軍の狗になることをよしとしない者は少なからずいる。
「ふふ、そう言ってくれるのは嬉しいけどね、わたしは本当に平凡な術師なの。あの二人みたいな才能なんか、持ってないんだよ」
「けどさあ、さっきの氷は? 動機と目的は別にしても、結構すごかったじゃん」
「あんなのは見た目が派手なだけ。錬金術の初歩を知ってれば、誰でも同じことが出来るよ」
「ふーん……」
とてもそうは見えなかった。
むしろエンヴィーの目には地味な錬金術として映ったのだが、研究の方向によっては国家錬金術師になるのも難しくないように感じる。錬成のスピードはそこそこだが、まあ及第点だろう。
いつだか反逆罪でブラッドレイに始末された氷結の錬金術師・アイザックと似た系統だ。
あの男は腕こそよかったがこの国の成り立ちに気付いたために反逆行為に出た愚か者だった。錬金術師とは往々にして頭がよすぎるからいけない。
一方目の前にいるこのガキは脳天気そうで、余計なことを察する頭はとても持ち合わせていそうにない。
だから手駒にするには丁度良さそうだと思ったのに、うまくいかないものだ。
「次なに食べようかな……。エンヴィー、そのパスタ美味しい?」
「へ? ああ、美味しいよ」
「じゃあそれにしよう。おねえさーん、ベーコンのクリームパスタひとつー」
「かしこまりました~」
追加注文の声が高らかに響く。これでもう三度目だ。
テーブルに積まれた空き皿はサイドメニュー含め八皿。下げられた皿も数えたら一体どれほど平らげたのか。パスタだけで満腹になりつつあるエンヴィーには信じられない食欲である。
確かにがっつり食べたいとは言っていたが、その細い体のどこにそんな量が収まるのか甚だ疑問だった。
「このお店美味しいね。いくらでも食べられる気がする」
「いや食べ過ぎ。太るんじゃない?」
「そのぶん動くから大丈夫」
なんでもないようにトウコは言う。
それを耳にしてか後ろの席から深いため息が聞こえてきた。「うらやましい」とひそめく女の声も。
目立っている。さっきから、店内の人間がこちらをチラチラと気にしているのを感じていた。
料理を持ってきた店員もぎょっとした様子でトウコの顔を盗み見ていく。けっして食事量に驚いただけではないだろう。
今日はどこへ行ってもこうだ。
人のいる場所へ足を運ぶたびに大仰なほどの注目を集める。ただ道を歩くだけでさえ黄色い悲鳴があがる有り様だ。
確かにトウコは多少……いや、他に類を見ないほど容姿端麗ではあるが、しかし、これはあんまりだろう。
いい加減にうっとうしく思いつつ、エンヴィーは話題を変えた。
「鋼のおチビさんはどうしてる?」
「え? ああ……なんか図書館で、調べ物とか……難しい研究とか、してたかも」
「ふうん。ねえ、鋼の……」
言いかけた時、「きゃあっ。ねえ、あの子」「ウッソ可愛い!」と、本日何度目ともわからぬ囁きが耳に届いた。
苛立ちかけた自身を抑え、会話を続行する。
「……おチビさんってさ、変わった錬成の仕方するじゃん? 錬成陣がなくて、こう、両手を合わせる」
「あ、うん。らしいね」
「見たことないの?」
「エドたちがウチにいたのはもう何年も前だから。昨日ひさしぶりに会ったの」
「へえー。ウチってどこ? そこに錬金術の師匠がいるの?」
「南の方だよ。そこで一緒に錬金術を習ってた」
どうにもやり辛い。周囲の人間が耳をそばだてているのを気配で感じる。トウコも気付いているのか、詳しい場所はぼかされた。
みるみる機嫌が降下していき、エンヴィーはコツコツと指先で机を叩いた。
それもこれもトウコが目立つのが悪い。清流を思わせる高く瑞々しい声はよく通り、彼女が声を発すると離れた人間までこちらを振り返る。
エンヴィーにしてみればひたすらに腹立たしいだけの事実。そのうえ、たかだか情報収集でここまで注目を集めたのは初めてで、変に疲れてしまう。
「……南ね。でさ、おチビさんのアレって便利ですごいと思うんだけど、他にできる人知らない?」
「えっ……な、なんで?」
「なんでって、まあ、ただの興味だよ。トウコはアレできないの?」
「できないよ」
「じゃあトウコたちに錬金術を教えた人は?」
「えっと、で、できないよ」
……こいつ、なにか知ってる?
猛然と泳ぐトウコの目を見て確信した。これは大収穫だ。
一体なにを、どこまで知っているのか。少なくとも手合わせ錬成の会得方法は知っていそうだ。
探り出してお父様に報告すれば、きっと喜んでもらえる。エンヴィーの唇が弧を描いた。
「……ど、どうしてエドたちのことを知りたがるの? あ、すいません、この子にミルクのおかわりを」
質問を質問で返し、挙動不審にテーブル下の猫と店員に意識を向ける。動揺を隠そうとしているのは明らかだ。
「だからただの興味だって。エルリック兄弟は巷じゃ有名だしね」
「……そういえば昨日も、よくわたしが探してるのがそのエルリック兄弟だって分かったね」
「エドとアルを見つけるんだって、叫んでたじゃん」
「愛称でわかるの?」
「普通はわからないけど、あんたが錬金術師だったからそうかと思っただけだよ」
「ふうん……」
いつの間にか質問する側と答える側が入れ替わっている。
話を戻したいが、警戒されただろうか。
トウコはとりあえず納得したような顔をしているが、あまり急いては怪しまれてしまう。どう切り出したものか。
「うわっ、ホントだすげえ美少女!」
「だから言ったろ! ど、どうする? 声かけるか?」
「バカ無理に決まってんだろ! 相手にされねーよ」
「ものは試しだって! あ、あ、あのー、ボクたち、相席してもいいですか?」
うっわ、殺したい。心の底からそう思った。
こちらが真剣に仕事をしているというのに、いらぬ勇気を出した男がふたり、そわそわとトウコに声をかけてきた。エンヴィーのことは視界に入っていない様子なのもまた腹が立つ。
どう追い返してやろうか。エンヴィーが出来るだけ男たちに精神的ダメージを与えられそうな台詞を考えていると、トウコがエンヴィーの手に手を重ねた。
「ごめんなさーい、友達とふたりで食べたいから」
にこりと、困ったように小首をかしげる。
一見穏やかな笑みだが、目は笑っていない。棒読みもいいところだ。
「で、でも」
「ごめんなさい、本当に」
その微笑みがトドメだった。余波を受けた店内の人間がうめき声をあげる。とろけるほどの美しさは思考を駄目にし、あからさまな拒絶は全ての勇気を奪い去る。
「こ、こちらこそ! お邪魔してごめんなさい!」
あっけなく白旗を揚げた男たちは、それでも名残惜しいのか、何度も振り返りながら去っていった。
「下手だね、作り笑顔」
「えっそう?」
無自覚ときた。まさかあれで上手くあしらったつもりなのだろうか。まあそれでも人並み外れて美しいのだから、さぞ楽勝な人生を送ってきたことだろう。
そうこうしている内にパスタを完食したトウコが再びメニュー表を開く。
「そろそろデザートにしようか。エンヴィーはどうする?」
「なんでもいいよ」
「そう言わずに。どれも美味しそうだよ。いろいろ注文して一口交換しない?」
「なんでこのエンヴィーがそんな……まあいいか。じゃあこのムース」
「ミルクムースね。じゃあわたしは、ええと……よし決めた。すいませーん、ミルクムースとミックスベリーパフェと季節のゼリーとガトーショコラとキャラメルプリン、ひとつずつくださーい」
「かしこ、かしこまりました~」
「まだそんなに食べるの?」
うえ、とエンヴィーは顔を歪めた。
朝食を抜いてきたのかと思うほどの食べっぷりだ。聞いているだけで胸やけしそうになる。
最初はトウコに見惚れていた店内の人間たちも、次第に珍しいものを見る目つきになっている。注文を受けた店員もこころなしか困惑していた。玉に瑕、そんな言葉がどこからか聞こえてくるようだ。
エンヴィーの視線に気づいたトウコは、恥ずかしそうに頬を染めて口をとがらせた。
「別にわたし、大食いとかじゃないからね。いっぱい動くからいっぱい食べるだけで」
「それを大食いって言うと思うんだけど?」
「普段はもう少し抑えてるよ。ただこのお店の料理がすごく美味しいから、いろいろ食べたくなっちゃって……」
よほど大食いだと思われたくないらしい。
そんなに言い訳するくらいなら食べなきゃいいのに。呆れ顔でそう言いかけたとき、「ありがとうございます」と笑顔の店員が現れた。
「こちら、店長からのサービスでございます」
「えっ? ありがとうございます。いいんですか?」
「はい。たくさん注文して頂きましたから。ご注文のデザートはもう少々お待ちくださいませ」
そう言って目の前に置かれた二つのタルトに、トウコはキラキラと目を輝かせてフォークを手に取った。もう言い訳を続ける気はないらしい。
だがエンヴィーはその肩越しに熱視線を送ってくる店長らしき男を発見してしまい、うんざりと何度目かのため息をついた。なんなんだ、この女は。
「エンヴィー、さっそく食べよ!」
「ああ、うん……」
「あ~、このお店最っ高……! エンヴィー、連れてきてくれてありがとう!」
「どういたしまして……まさかそんなに食べるとは思わなかったけどね」
すらりと花のように華奢でいて、食べる量は体格の良い軍人にも負けない。
動いている、と本人は言うが筋肉があるようには見えないし、一体そのエネルギーはどこに消えているのか。まるでグラトニーだ。
大食らいの兄弟を思い出しながら、エンヴィーは本題に戻る機をうかがった。早くしなければこのままお開きになりかねない。
エドワード・エルリックと同じ、錬成陣なしに手を合わせるだけの錬成方法。あれが出来る者はすなわち扉を開けた者――お父様が探している“人柱”だ。
人柱たる人材がいるならば、確実に突きとめる必要がある。
「お客さん、お客さん」
「はい?」
先ほどとは別の、年配の女性店員がトウコに声をかけた。
「いい食べっぷりだったねえ。女の子でこんなに食べる人って珍しいから、見てて気持よくなちゃった」
「はは、胃の容量には自信あるんです」
自慢することかとエンヴィーは思う。
「まだ余裕があるなら、ここを出て真っ直ぐ行ったところで無料の試食イベントをやってるよ」
「えっ!?」
きらりとトウコの目が輝いた。
余計な情報の登場にひくりと頬が引きつる。
「この辺はレストランが多いから、収穫祭に向けた宣伝も兼ねて毎年やってるんだ。かなり熱の入った品ばかりでね、行くだけ行ってみるのもいいと思うよ」
「エ、エンヴィー」
「ヤダ。もう満腹」
「い、行くだけ……だめ?」
両手を合わせて見上げてくるトウコは冗談みたいに美しい。絵画然としたそれにふつふつと黒い感情が湧き上がるエンヴィーだが、食べて太れば多少は醜くもなるか、と考えなおした。
「しかたないなあ。せっかくだから腹いっぱい食えよ」
「やったー! さっそく行こ! あ、ここおごるね」
「そう? じゃ遠慮なく」
昨日と今日のお礼だよ、と言ってトウコは足早にレジに向かった。出てきた店長にまたサービスされかかっていたが、強引に支払ったようだ。
……全くもって、外見と中身がかけ離れた女だ。
*名前だけ登場したアイザックさんはアニメ版オリジナルキャラ、収穫祭は劇場版ネタです。
- 2015.12.27
- 2016.08.05 加筆修正
- 2020.04.29 加筆修正